気付けば3月も後半・・・
私はと言うと、3月2日からバングラデシュの南部にある「ボリシャル」という県へ行ってきました。
ダッカのショドルガットというところから
「ロンチ」という夜行船に乗って出発です。
船と言っても海を渡るわけではありません。
バングラの南部は河に囲まれているため、フェリーやロンチ、スピードボートでの移動が必須なのです。
橋ができれば簡単なのですが、まだまだダッカから南部へとつながる橋は整備されていません。
これはロンチの内部。
夜行船なのでベッドがあります。
なかなか快適な船の旅です。
そしてそして。
3月3日の早朝に到着。
仮眠をした後、さっそく準備。
次の日も準備
そして
3月5日~3月8日 本番
写真はトレイニーによるモデル授業。
基本的な流れは前回のガジプールと同じ。
今回、私は最終日にやる「アロチョナ」を担当しました。
「アロチョナ」とは、ベンガル語で「議論」を意味します。
みんなが作った指導案をもとにどんな内容になったか、どこに気をつければよかったのか、
トレイニーから意見を引き出しながら話を進めていくという、なかなかの大役。
反省点は多々ありますが、自分で原稿を考えて進めたので、まぁまぁ無事に終えることができました。
このWS。
私たちの前任が考えつくったもので、すばらしく完成されているもの。
しかし、自分の頭で考えたものではないため、なんだか違和感を感じることも。
他人の家にいる居心地の悪さ。。みたいな?
いいところは残しつつも、進め方等々再検討の余地ありだとおもいました。
最終日は集合写真(2階から)撮って終了。
バングラらしいドタバタは少々ありつつも、とにかく無事に終了。
最後にボリシャル名物を。
バングラデシュの国魚「イリッシュ」
ボリシャルは河に囲まれているため名物らしいです。
味はいいんだけど、小さな骨が多くて食べにくいのが難点。
そして、もうひとつ。
ちょっと見た目がグロテスクですが、
イリッシュの卵!
なんていうか、焼たらこみたいで、私は好きな味でした!!
そんな珍味?も味わえるボリシャル。
街自体は都会過ぎず、田舎過ぎず。
なにより、道がキレイ!ごみが落ちてない!!
この違いはどこから生まれるのか・・・。気になるところです。
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おそくなりましたが、最後に。
日本で被災された皆様へ、お見舞い申し上げます。。。
地震当日は休みで家でだらだらしてネットを開くと、地震のニュース。
私の実家も震度5と書いてあったので、あわてて親に電話するも、まったくつながらず。
片っぱしから父の携帯やら母の携帯やら祖母の携帯やら掛けまくって、
やっと祖母につながるも、祖母もまだ連絡が取れてないということ。
幸い家族にけがもなくみんな無事でしたが、
ダッカ滞在中に見たテレビに映る日本はすごく衝撃的でした。
自分のいない間にまさかこんな大災害が起こるなんて。
日本が一大事の時に、私はバングラにいていいのだろうか。
とも思いましたが、とにかく私は今の私のまま生きるしかない。
つまり、この国で出来ることを精一杯やろうと、そう思いました。
と、同時に考えたこと。
もし、今この国で、同じ規模の災害が起きたら。。。
まず、自分のすぐ近くに日本人がほとんどいないこと。
この国の建物の強度はかなり信用できないということ。
地震に慣れていないバングラデシュ人は日本人よりもさらにパニックを起こすであろうと予想できること。
んーーーー。考えただけでも恐ろしい。
この国に来て、災害のときの対応なんて考えたこともなかったけど、
これを機に少し考えるようになりました。
ちょっと話はずれましたが、
日本のみなさん、どうか気をつけて。
バングラデシュからお祈りしています。
この国の人たちも、遠い国でおこったことをすごく心配してくれています。
そうやって、知らない人のことでも心配して、
話したこともない私に声をかけてくれるベンガル人。
彼らの優しさにふれたここ数日です。
3月中旬のダッカ滞在に関しては、また書きます。
では。





